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本当のあり様に目を向ける

#020 本当のあり様に目を向ける

 

【質問者】

仕事が非常に忙しくて、仕事と修行を同時にやることは可能か教えてください。

 

【老師】

基本的にですね、人間てどういうふうに生きてるか?

仕事をしてるときは仕事をしているだけじゃないですか?

忙しいっていうけども、よく見てごらんない、別にそんなことはないですよ。

 

早く動くときは早く動く、ゆっくり動くときはゆっくり動く。

重いものを持つときは重いもの、軽いものを持つときは軽いもの。

大きなものを扱うときは大きなものを扱う、小さいものを扱うときは小さいものを扱う。

数の多いもの取り上げるときは数の多いもの、数の少ないものを取り上げるときは少ないもの。

それだけの話で、どこも忙しくはないですよ。

本当に単純にそのことをやってるだけですよ。

ここが(頭を指さし)騙されるのですよ、勝手に忙しいと思っている。

 

私なんか、こうやって呼んでもらうから、いろんなところへ行けるから、いいなと思って出てくるんだけど、忙しいなんてひとつもない。

いつもこのもの(両手を胸にやり)といっしょにいるだけだよ。

 

【質問者】

重いものを持たっり、スケジュールを考えたり、納期を考えたり、それをすることと…

 

【老師】

いろんなことがあるだけじゃん、考えたらいいじゃん。

考えるときは考えるだけじゃん、他にやらないじゃん。

考えるときに、もっと他のことやるってことしないでしょう。

 

見てごらん、考えるとき、そのことを考えてるとき、他のことを考えてる人はいませんよ。

不思議ですね、いろんなことを考えるっていうんだけど、いろんなことなんか考えないんだよ。

ひとつひとつ、そのことを考えてるだけです。

その考えてるときに、もうひとつのことを取り上げて考えてるようなことはしない、できない、どんな立派な人でもできない。

思い起こすんだって、今思い起こすとき、思い起こしていることがあるだけであって。

いっぺんに、ふたつもみっつも同時に思い起こすことなんか絶対できない。

 

それなのに、そういうこと知らないから、次から次へって、いっぱいって言うんだけど、よく見ると、ひとつ、ひとつのことやってるだけじゃん、いつも。

なーんにも忙しくないよ、あっちとこっちなんてことはない。

 

【質問者】

それを、ひとつ、ひとつやってること自体が、いわゆる…

 

【老師】

それが、修行になるじゃない。

それを知らないと、いっぱい色んな事があってって思ってるわけでしょ?

 

【質問者】

はい。

 

【老師】

そういう見方をしてるだけじゃないですか?

本当のあり様に目が向いていないから。

したがって、どうしたらもっとスッキリするんだろうって、考えるようになるじゃないですか?

実際にはスッキリとした生活をしてるにもかかわらず。

自分でそれを見ることができないから、どっかにそういう素晴らしい世界があるんじゃないかって想像して、せっかく今やれていること、みんな捨てていく。

それで修行にならない、それは思いで思いを処理しているだけだから。

 

自分の本当に生きてる生きざまに、こうふれてみると、そうなってるんですね。

右と左を同時に見るなんてことはない。

(前に手を広げて)こうやって見てるとき、右と左を見てるとは言わないですよ、こういう風に見えてるだけで。

前と後ろを同時に見るということもない。

こっち見て(右を向いて)、こっち見て(左を向いて)って、同時にみることはできない。

だから困ったことないじゃん何も。

あの人はこう言ってる、この人はああ言ってる、どっちが本当だろうって、それは聞いた後に、ふたりの意見をここに並べて、聞いてるように思うからじゃないですか。

そういうのを比べるっていいますよね。

 

聞いてるときには、そんなことしないよね。

ひとり、ひとりの言い分を、そのとき、そのとき聞いてる。

 

あっちがこう言って、こっちの人がああ言ってるという風に聞いてるわけじゃない。

もし、そういう風な聞き方をしていたら、聞き洩らすよね、だけど人間はそういう聞き方する人多いですよ。

今、こうやって話してるんだけど、それはそうだけど、あの人はああいうこと言っていたって、そうやって聞くからね。

そういうことしないのよ、そうすると修行になる。

そういのを不思量底を思量するっていうんですね。

 

【質問者】

仕事中も休みの時間も、特には変わらなく、いわゆる…

 

【老師】

だってぜんぶ自分のあり様だもん、仕事してるときみ休みも。

 

提唱質疑から