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決着がつく

#038 決着がつく

 

【質問者】

決着がつくって言葉をブログで読んだりするのですが、それはどういうことですか?

 

【老師】

本当にそうだっていうことが自分で納得いくってことじゃん。

 

【質問者】

本当にそうだったってことが、はら落ちしたってことですか?

 

【老師】

そう、そう。

だって、カチッ(拍子木で机を叩く)、こうやって他の様子が出てこないんだもん、どこ突いたって。

それでも自分の考え方が、なかなか承知しないものがある間は、それは自分の見解が死に切らないということでしょう。

で、坐るときに人間の従来使ってきた、ものに対する見方っていうものが本当に止まった時に、どうあるかってことに用があるじゃないですか。

自分の見方や考え方が差し挟まってる間は、自分でなんとかしないと落ち着かないじゃんね。

間違いなくそうだって思えるんだけど、「思えるんだけども」なんか動くんだよね?それは意恨でしょう。

思うということが本当に根切れしないとうことでしょう。

それで坐っていて、そういうものから離れた自分自身のあり方に触れると、心底うなづけるところが間違いなくある。

そういうものを一応、決着がついたと言わせています。

それは自分自身で一番よく知ってる。

本当にハッキリしたのか、ハッキリしたと思ってる程度なのか…(笑い)。

それがキチッとしなかったら役に立たないんだもん、しょうがないじゃん。

力が出ないんだもん、半信半疑なんだもん。

そういうことがわかると、誰でも力がつくんだもん、怖いものなしですよ。

だから思う存分、命のあるかぎり活動していける人になるじゃん。

そういう人を作りたいじゃん。

仕事をあらためて何か気に入った仕事をしたら力が出るんじゃなくて、今やってる事そのままで、この決着つくと力がつくじゃないですか。

 

提唱質疑から